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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)9014号 判決 1993年2月18日

原告

上田豊造

ほか一名

被告

林田豊人

主文

一  被告は、原告上田豊造に対し、四六三万六一八〇円及びうち四二三万六一八〇円に対する平成三年五月三一日から、うち四〇万円に対する平成四年一〇月二二日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告上田良一及び同仁に対し、各一四六万二四七〇円及びうち各一三一万二四七〇円に対する平成三年五月三一日から、うち各一五万円に対する平成四年一〇月二二日から、各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告上田豊造に対し、一〇八九万一七〇八円及びうち九三九万一七〇八円に対する平成三年五月三一日から、うち一五〇万円に対する平成四年一〇月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告上田良一及び同上田仁に対し、それぞれ六六四万二三四円及びうち五八九万二三四円に対する平成三年五月三一日から、うち七五万円に対する平成四年一〇月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二事案の概要

一  事案の概要

本件は、法定速度を大幅に上回る高速度で走行していた普通乗用自動車とその対向車線から右折し、路外道路に進出しようとしていた原動機付自転車(以下「原付自転車」という。)とが衝突し、同自転車の運転者が死亡したため、その遺族が右自動車の運転者に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき損害賠償を求め、提訴した事案である。

二  争いのない事実等(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成三年五月三〇日午前九時一五分ころ

(二) 場所 大阪府南河内郡河南町白木一七九番の一先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 被害車 訴外亡上田ツキヱ(以下「ツキヱ」という。)の運転の原付自転車(河南町か一一三二、以下「原告車」という。)

(四) 事故車 被告が運転していた普通乗用自動車(大阪七八ち五二七〇、以下「被告車」という。)

(五) 事故態様 被告は、被告車を運転し、指定最高速度が時速四〇キロメートルである道路を西から東に向かい時速約一一〇キロメートルの速度で進行し、折から右折の合図をしてその対向車線上から同道路と交差する道路へ右折しようとしていたツキヱ運転の原告車に被告車前部を衝突させ、ツキヱを路上に転倒させて死亡させたもの

2  事故態様及び責任原因

被告は、本件事故当時、被告車を所有し、自己のため運行の用に供していた。被告は、対向車線を進行して右折しようとして道路中央線に近寄ろうとする車両等の有無を確認するとともに、右折しようとする車両等を認めた時は、直ちに衝突を回避する措置がとれる程度に減速して対向車線にはみ出さないように自車の走行車線上を進行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、かつ、指定最高速度の時速四〇キロメートルを大幅に超える時速約一一〇キロメートルもの速度のまま対向車線にはみ出して自車を進行させた過失により、本件事故を発生させたものである。

3  権利の承継

原告豊造はツキヱの夫であり、原告良一及び同仁はその子らであるところ(甲第五号証)、ツキヱが死亡したことにより、原告豊造は二分の一、同良一、同仁はそれぞれ四分の一の割合でツキヱの権利を承継した。

4  損害の填補

原告らは、本件事故による損害の填補として、平成四年三月二六日、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から一六一一万二四〇〇円の支払を受け、原告豊造について七二五万五八〇円、原告良一、同仁について各四四三万九一〇円をそれぞれ損害の填補に当てた(原告らの主張等弁論の全趣旨)。

三  争点

1  過失相殺

(被告の主張)

本件事故現場は、見通しの良い直線道路であり、事故の時刻も午前九時であり、天気は曇りであつて、被告車の発見は容易であつたにもかかわらず、亡ツキヱは、交差点とはいえない場所を右折するに際し、前方の対向車両の動向にほとんど注意を払わず、被告車が目前に迫つていたにもかかわらず右折を開始したものであり、直進車の進行を妨げてはならない道路交通法規に義務に反しており、大幅な過失相殺がなされるべきである。

(原告らの主張)

本件における衝突地点は、被告車の走行車線ではなく同車線に対向するツキヱが本件事故前に走行していた車線(被告車にとつての対向車線)であり、ツキヱには何らの過失もない。仮に本件の衝突地点が被告車の走行車線であつたとしても、被告が制限速度を遵守していれば本件事故は起きなかつたのであり、被告がツキヱの予測をはるかに超えた高速度で走行してきたのが本件事故の原因であるから、ツキヱに過失を認めるべきではない。仮に、ツキヱに過失があるとしても、被告の過失の方が著しく大きいというべきである。

2  損害額全般

第三争点に対する判断

一  過失相殺について

1  事故態様

前記争いのない事実に加え、後掲の各証拠を総合すると、次の事実が認められる。

本件事故現場は、別紙図面のとおり、市街地にある東西に伸びる歩車道の区分のない幅員片側三・一メートルの道路(以下「本件道路」という。)上にある。本件事故現場の北側には本件道路と交差する幅員三メートルの農道がある。本件道路の見通しは良好であり、制限速度は時速四〇キロメートルであり、はみ出し禁止であつて、路面は平坦でアスフアルトで舗装され、本件事故当時、路面は乾燥していた。本件事故から約一時間半後に実施された実況見分の際、本件道路を走行する車両は三分間に一〇台であつた(乙第一、二号証)。なお、本件道路を進行する車両にとつて、右農道の存在は、視認することが可能であるが、必ずしも容易とまではいえない(検乙第一ないし第四号証)。

被告は、平成三年五月三〇日午前九時一五分ころ、被告車を運転し、当時電気工事の仕事をしていた現場に赴く途中、当日の午前九時までに到着しなければならなかつたのに既に同時刻が過ぎていたことから先を急ぐあまり、自車の高速時の警告音が鳴つているにもかかわらず時速約一一〇キロメートルの速度で本件道路を東に向かい走行し、本件事故現場付近にさしかかつた。被告は、一〇〇数十メートル前方の対向車線上を西に向かい走行する原告車をみかけたが、同速度のまま走行し続けていたところ、約三〇数メートルに接近した時点で、原告車が本件事故現場北側の農道方向に向かい、方向指示器により右折の合図を出しながらセンターライン方向に寄つてきたのを発見し、急制動の措置を講じたが及ばず、自車前部と原告とを衝突させ、原告車を約四三メートル跳ね飛ばして転倒させ、ツキヱを約一九メートル跳ね飛ばし、即死させた。被告車は、右衝突地点から約二三メートル進行して停止した。なお、ツキヱは、ヘルメツトは着用していなかつた(乙第一、二号証、第四、第六ないし一一号証)。

右認定事実に関し、原告らは、本件衝突地点は、被告車の走行車線ではなく、その対向車線であると主張する。しかしながら、乙第二号証によれば、本件事故後の実況見分の際、本件現場に残されていたスリツプ痕は、被告車の走行車線のセンターライン付近からその対向車線のセンターライン付近へ斜めに伸びていること、原告車の衝突・転倒により生じたものと思われる擦過痕もセンターライン付近から対向車線に斜めに伸びて印されていること、そのほぼ延長線上にツキヱのものと思われる長靴、血痕が発見されたことが認められる。本件のような高速度で被告車が原告車に衝突した場合、原告車の転倒による擦過痕は衝突地点そのものではなく、跳ね飛ばされ転倒した最初の地点に印されるものと解するのが経験則上合理的であることを考慮すると、本件における衝突地点は、原告車の擦過痕の延長にある被告車の走行車線上であると認めるのが相当であり、他に同認定を左右するに足る証拠はない。したがつて、原告らの前記主張は採用しない。

2  過失割合に対する判断

前記認定事実をもとに原・被告の過失割合を判断する。

本件が本件道路と交差する農道へ右折しようとした車両とそれに優先する対向直進する車両との衝突事故であること、右農道は本件道路を進行する車両にとつてその存在を視認することが可能ではあるが、必ずしも容易とまではいえないことを考慮すると、ツキヱは自車に対向する被告車の動静に対する注視が不十分のまま被告車が三〇数メートルまで接近しているにもかかわらず右折した過失があるものといわざるを得ない。しかしながら、制限時速が四〇キロメートルである本件道路において、被告が右制限速度を遵守していれば本件事故は起きなかつた可能性が高いところ、ツキヱにとつて、右速度超過が時速一一〇キロメートルにまで及んでいることは予測が困難というべきであるから、本件事故の発生に関する被告の過失はより重大であるというべきである。

なお、被告は、交差点とはいえない場所を右折するに際し、前方の対向車両の動向にほとんど注意を払わず、被告車が目前に迫つていたにもかかわらず右折を開始したツキヱの過失は重大であると主張する。しかしながら、被告が原告車が同合図をしながらセンターラインに寄つて来たのを見たと主張する約三〇メートルまで接近した時点とツキヱが右折合図の開始時期が完全に合致するとは限らないのであつて、一般に車両が高速度で進行すればする程、進路前方の視野の範囲が狭小化し、他車の動静に対する注意力も低下するのが経験則上通例であるから、いかに本件道路の見通しが良いとはいえ、時速約一一〇キロメートルもの高速度で走行していた被告が原告車がセンターラインに寄る以前に右折の合図を開始していたことを見逃した可能性は十分にあるものといわざるを得ない。したがつて、前記事故状況のもとにおいてツキヱの右折の合図の出し遅をもつて、同人の過失割合の加重事由とすることは相当ではない。また、ツキヱはヘルメツトを着用していなかつたが、前記のような高速度で衝突した場合、ヘルメツトの着用の有無がツキヱの死亡の成否に影響するかどうかは不明である。したがつて、ツキヱのヘルメツト未着用の事実をもつて同人の過失割合の加重事由とすることも相当ではない。

以上をもとに本件事故の発生に関する原・被告の過失割合を検討すると、原告の過失割合は、三割と認めるのが相当であり、後記本件事故による損害から同割合を減額すべきことになる。

二  損害

前記争いのない事実に加え、後掲の各証拠を総合すると、次の事実が認められる。

1  逸失利益(主張額一一六一万九三一七円) 一一六一万九三一七円

ツキヱは、死亡当時、六七歳であり、夫である原告豊造、長男夫婦と暮し、長男の妻と共に家事労働をする傍ら畑作等の農業にいそしむ者であつたところ、本件事故の年である平成三年の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・女子労働者の六五歳以上の平均賃金が二七五万六一〇〇円であることは当裁判所にとつて顕著な事実であるので、同女の本件事故当時の労働能力を評価すると、右記金額を下回らないものと評価するのが相当である。また、本件事故当時の六七歳女子の平均余命及びツキヱの職業、家族環境等を考慮すると、ツキヱは原告らが主張する九年は稼働することができたものと認めるのが相当であり、かつ、生活費控除の割合は四割と認めるのが相当である。以上をもとに、ホフマン方式により中間利息を控除しツキヱの逸失利益を算定(二七五万六一〇〇円×(一-〇・四)×七・二七八)すると、少なくとも原告らが主張する一一六一万九三一七円を下回らないものと認めるのが相当であるから、原告らは同額を前記法定相続分にしたがつて取得したものと認められる。

2  慰謝料(主張額計二四〇〇万円) 〇〇〇万円

本件事故の態様、ツキヱの死亡に至る経過、同女の職業、年齢及び家庭環境等、本件に現れた諸事情を考慮すると、慰謝料としては、二〇〇〇万円(原告豊造分が一〇〇〇万円、原告良一、同仁分が各五〇〇万円)が相当と認められる。

3  葬儀費用(主張額計一六六万五二五九円) 一二〇万円

本件に現れた諸事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用としては、一二〇万円と認めるのが相当であり、同額を超える同費用の必要性、相当性についてはこれを認めるに足りる証拠はない。弁論の全趣旨によれば、葬儀費用は、原告らの主張のとおり、原告らの法定相続分にしたがつて負担したものと認めるのが相当であるから、各原告の同費用の負担額は、原告豊造が六〇万円、原告良一、同仁が各三〇万円となる。

4  損害小計

以上により、原告らの各損害額を算定すると、原告豊造は一六四〇万九六五八円、原告良一、同仁は、各八二〇万四八二九円となる。

三  過失相殺、損害の填補及び弁護士費用

前記認定のとおり、本件事故により発生した損害については、その三割を過失相殺により減額するのが相当であるから、前記原告らの各損害額を同割合により減額すると、原告豊造の損害額は一一四八万六七六〇円、原告良一、同仁の損害は各五七四万三三八〇円となる。

また、前記争いのない事実及び認定事実によれば、前記本件事故による損害に関し、原告豊造については七二五万五八〇円、原告良一、同仁については各四四三万九一〇円が補填されているから、これらを控除すると、残損害額は、原告豊造が四二三万六一八〇円、原告良一、同仁が各一三一万二四七〇円となる。

本件の事案の内容、審理経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としての損害は、原告豊造に関し四〇万円、原告良一、同仁に関し一五万円が相当と認める。

前記損害合計額に右弁護士費用の額を加えると、原告らの損害額合計は、原告豊造が四六三万六一八〇円、原告良一、同仁が一四六万二四七〇円となる。

四  まとめ

以上の次第で、原告らの被告に対する請求は、原告豊造に関し、四六三万六一八〇円及びうち四二三万六一八〇円に対する本件事故の翌日である平成三年五月三一日から、うち四〇万円に対する本訴状送達の翌日である平成四年一〇月二二日から、各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、原告良一、同仁に関し、各一四六万二四七〇円及びうち各一三一万二四七〇円に対する本件事故の翌日である平成三年五月三一日から、うち各一五万円に対する本訴状送達の翌日である平成四年一〇月二二日から、各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、それぞれ理由があるからこれらを認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大沼洋一)

別紙 <省略>

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